こんにちは!今回は、読めば心がスッと軽くなる、笑いと癒やしの精神科医、奥田英郎先生の『イン・ザ・プール』をご紹介します。
現代社会はストレスだらけ。仕事のプレッシャー、複雑な人間関係、SNSでの見栄の張り合いなど、私たちは気づかないうちに心に重い荷物を背負って生きています。「なんだか最近疲れているな」「小さなことが気になって眠れない」……そんな方に全力でおすすめしたいのが本作です。
本作に登場する精神科医・伊良部一郎は、私たちの想像する「優しく話を聞いてくれるお医者さん」とは対極にいる人物。色白で太っていて、注射が大好きで、マザコンで、わがままで、患者の話なんてロクに聞きません。しかし、彼と関わった患者たちは、なぜか皆、奇妙な形で心の平穏を取り戻していくのです。
本記事では、この抱腹絶倒の連作短編集の魅力を、あらすじから見どころ、そして深い(かもしれない)感想まで、徹底的にレビューしていきます。ぜひ最後までお付き合いください!
あらすじ
本作は、伊良部総合病院の地下にある神経科を訪れる5人の患者たちのエピソードを描いた連作短編集です。それぞれの患者が抱える奇妙な症状と、伊良部のトンデモない治療(?)の全貌をご紹介します。
イン・ザ・プール
主人公の大森和也(39歳)は、仕事の強烈なストレスから逃れるために水泳を始めます。しかし、次第に水泳そのものにのめり込み、プールに入らないとイライラして仕事も手につかなくなる「水泳依存症」に陥ってしまいました。藁にもすがる思いで伊良部総合病院を訪れた大森ですが、そこで出会った伊良部一郎は、大森の深刻な悩みには耳を貸さず、「プールってそんなに楽しいの?」と興味津々。
なんと伊良部は大森に同行して市民プールへ繰り出し、自身も異常な執着心で水泳にドハマりしてしまいます。最初は伊良部の犬掻きのような不格好な泳ぎに呆れていた大森ですが、伊良部の熱量はエスカレート。ついには大森を巻き込んで、真夜中の学校のプールに不法侵入するという暴挙に出ます。
精神科医と患者の立場が完全に逆転し、伊良部のあまりの破天荒ぶりに振り回されるうちに、大森の強迫観念のような水への執着がどこかに吹き飛んでいく様子が非常にコミカルに描かれています。
勃ちっ放し
津田雄太(33歳)は、ある朝目覚めると、自分の下半身が元気なまま全く元に戻らなくなっていることに気づきます。これは「陰茎強直症」という稀な症状。
恥ずかしさと痛みをこらえて伊良部のもとを訪れると、伊良部はこの奇病を心配するどころか大興奮。「ちょっと見せてよ!」と大はしゃぎし。伊良部の傍若無人な振る舞いに、津田はヒヤヒヤしっぱなし。
コンパニオン
主人公の安川広美(24歳)は、女優を目指しながらイベントコンパニオンとして働く女性です。しかし、理想と現実のギャップや自意識過剰から、「常に誰かに見られている」「ストーカーに尾行されている」という強迫観念に囚われ、悩まされるようになります。
フレンズ
主人公は高校2年生の津田雄太。彼は重度の携帯電話依存症(メール依存症)に陥っています。どんな些細なことでも友人たちとメールで連絡を取り合い、その回数は1日に200回以上に及びます。「すぐに返信しないと仲間外れにされるかもしれない」「常に誰かと繋がっていないと不安でたまらない」という強迫観念に縛られており、片時も携帯を手放すことができません。ほんの10分でも携帯に触れていないと、左手に震えの症状が出始めるほど重症化した雄太は、見かねた親に連れられて伊良部の元を受診します。
いてもたっても
ルポライターの岩村和雄(35歳)は、極度の強迫神経症(確認癖)に悩まされています。「タバコの火はちゃんと消したか?」「ドアの鍵は確実に閉めたか?」という不安がどうしても拭えず、外出先から何度でも家に戻って確認してしまうのです。そんな中、伊良部総合病院に訪れます。
見どころ
本作の最大の見どころは、なんと言っても強烈な個性を持つキャラクターたちの掛け合いと、奥田英郎氏の圧倒的な人間描写です。特に、伊良部の相棒であり、伊良部総合病院の地下に君臨する露出過多な美人看護師・マユミちゃんの存在感は抜群です。
彼女は、どんなに深刻な顔をした患者が来ても全く動じることなく、無表情でタバコをふかしながらパンクロックを聴き、有無を言わさずビタミン注射をぶち込みます。注射が大好きで、患者が痛がる姿を見て無邪気に喜ぶサディスティックな伊良部と、セクシーでありながらとことん無愛想でクールなマユミちゃんのコンビは、もはや一つの様式美と言っても過言ではありません。
この二人のやり取りを見ているだけでも、病院という陰鬱になりがちな舞台が、突如としてコントのステージのように明るく変貌します。
また、各短編で描かれる患者たちの症状が、決して他人事ではない点も大きな魅力です。依存症、自意識過剰、強迫観念など、現代社会に生きる私たちがどこかで抱えがちなストレスやプレッシャーが原因となっています。
誰もが陥る可能性のある「心の風邪」を、奥田英郎氏がユーモアたっぷりに、かつ鋭い観察眼で描き出しているからこそ、単なるドタバタコメディに終わらない深い共感を呼ぶのです。笑いの中にも「現代の病理」をチクリと刺す鋭さがあり、読者は「自分も一歩間違えればこうなるかもしれない」というスリルを味わいつつ、最終的には伊良部の力技でカタルシスへと導かれます。
感想
読み終えてまず心に深く残るのは、伊良部一郎という男の「人を深刻にさせない天性のキャラクター」の素晴らしさです。普通、精神科医といえば、患者の悩みに寄り添い、優しく傾聴し、共感を示す存在を想像します。しかし、伊良部はその真逆を行きます。共感もしなければ、傾聴もしません。
ただ自分の欲望の赴くままに行動し、患者の症状を面白がり、時には患者以上に非常識な振る舞いで周囲を混乱の渦に巻き込みます。しかし、だからこそ患者たちは「この人に比べたら、自分の悩みなんてちっぽけなものだ」「こんな大人が許されるなら、自分ももっと適当に生きてもいいのかもしれない」と気づかされるのです。
真面目に思い詰めていた自分がアホらしくなるほどの圧倒的なマイペースさが、結果として最高のセラピーとして機能している点が見事としか言いようがありません。
本を読んでいると、時々「伊良部って、実は全て計算ずくで患者を治癒に導いている名医なのでは?」と錯覚してしまう瞬間があります。患者の心の奥底にある本当のストレス原因を一瞬で見抜き、あえて常識外れの荒療治を行うことで、彼らの凝り固まった思考を解きほぐしているのではないか、と。
読者としても「なるほど、これが伊良部流のショック療法か」と感心しそうになります。しかし、次のページで彼が子どものようにくだらない我儘を言い、お菓子を貪り、無責任に周囲を巻き込んで大はしゃぎする姿を見ると、「いや、それにしてもメチャクチャすぎるだろ!ただの変人じゃないか!」とすぐに思い直させられます。この「天才的な名医なのか、ただの欲望に忠実な幼児的な変人なのか」という絶妙なバランスが、読者を最後まで惹きつけて離しません。
深刻な悩みを抱えている時、私たちはどうしても視野が狭くなり、自分一人で問題を抱え込んでしまいがちです。しかし、伊良部のように全く異なる視点(しかも圧倒的に常識外れな視点)から物事を見つめ直すことで、心の凝りがフッとほぐれることがあるのだと、本作は教えてくれます。
こんな人におすすめ
本作は、以下のような方に特におすすめしたい一冊です。
- 日々の仕事や人間関係でストレスを抱え、疲れ切っている人
主人公たちと同じように、現代社会の理不尽な波に揉まれて疲弊している方に、伊良部のハチャメチャな行動は最高の気晴らしになります。他人の目を気にせず生きる伊良部の姿に、明日を生きる活力が湧いてくるはずです。 - 真面目すぎて「ちゃんとやらなきゃ」と自分を常に追い詰めてしまう人
完璧主義で自分を厳しく縛りがちな人こそ、伊良部の「適当さ」や「欲望への忠実さ」に触れてみてください。肩の力を抜いて、「まあいいか」と自分を許すヒントをもらえるはずです。 - とにかくゲラゲラと笑って、心のデトックスをしたい人
小難しい自己啓発本や暗いミステリーを読む気になれない時、ただただ笑いながら読める極上のエンターテインメントをお探しの方にぴったりです。ページをめくる手が止まらなくなること間違いありません。
まとめ:笑い飛ばせば、悩みなんて小さくなる
今回は、奥田英郎先生の直木賞候補にもなった傑作『イン・ザ・プール』のあらすじと魅力をご紹介しました。
水泳依存症から携帯依存症、そして陰茎強直症まで、一見深刻でありながらどこか滑稽な症状に悩む患者たちを、独自のメチャクチャなアプローチで救っていく(?)伊良部一郎。彼の傍若無人な振る舞いは、私たちが勝手に作り上げている「常識」や「プレッシャー」という見えない心の壁を、気持ちいいほど見事に破壊してくれます。
「悩むこと」自体に疲れてしまった時は、ぜひ伊良部総合病院の地下にある神経科の扉を叩いてみてください。マユミちゃんの容赦ないビタミン注射と、伊良部先生の常識外れな言動が、きっとあなたの心をスッと軽くしてくれるはずです。活字から溢れ出る異常なエネルギーに圧倒されながら、読み終わる頃には誰もが笑顔になれる最高の一冊です。ぜひ手に取って、この抱腹絶倒の体験を味わってみてください!
