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【映画レビュー】『花束みたいな恋をした』― 誰もが経験する「あの頃」の輝きと、大人になることの痛み

映画好きの皆さん、こんにちは。今回は、2021年の公開当時、多くの観客を劇場で号泣させ、SNSでも「エモすぎる」「自分の過去を見ているようで辛い」と大反響を呼んだ大ヒット映画『花束みたいな恋をした』のレビューをお届けします。

脚本は『東京ラブストーリー』や『カルテット』『大豆田とわ子と三人の元夫』など、数々の名作ドラマを手掛けてきた稀代のヒットメーカー・坂元裕二。監督は『罪の声』や『ビリギャル』などで知られる土井裕泰。そして主演は、日本映画界を牽引する菅田将暉と有村架純のダブル主演という、まさに盤石の布陣で制作されました。

単なる「胸キュン恋愛映画」とは一線を画す、圧倒的なリアリティと解像度で描かれた本作。なぜ本作はこれほどまでに多くの人の心をえぐり、そして愛されたのか。その魅力と奥深さについて、じっくりと紐解いていきたいと思います。

目次

あらすじ

舞台は2015年の東京。京王線の明大前駅で終電を逃してしまった大学生の山音麦(菅田将暉)と八谷絹(有村架純)。偶然その場に居合わせた二人は、深夜のカフェで始発を待つことになります。

自己紹介もそこそこに話し始めた二人ですが、驚くべきことに彼らの趣味嗜好は嘘のように一致していました。履いているスニーカーは同じジャックパーセル。好きな作家は今村夏子。お気に入りの映画監督は押井守。そして、天竺鼠のお笑いライブのチケットを持っていたのに、用事で行けなかったという些細な共通点まで。 まるで自分と全く同じ感性を持つ「もう一人の自分」に出会ったかのような奇跡的な運命を感じた二人は、あっという間に恋に落ちます。

大学を卒業し、フリーターとして同棲を始めた麦と絹。京王線沿線の調布にある、駅から徒歩30分、多摩川が見えるベランダがある部屋。拾ってきた猫の「バロン」と一緒に、好きな本を読み、好きな映画を観て、好きな音楽を聴く。お金はなくても、二人の生活は文化的な豊かさと愛に満ち溢れていました。

しかし、永遠に続くと思われたモラトリアムの季節にも、やがて終わりが近づきます。「就職」という現実の壁が二人の前に立ちはだかったのです。イラストレーターの夢を諦め、生活のために就職活動を始め、やがてブラック企業に近い営業職に就く麦。一方の絹も、簿記の資格を取り、歯科医院の受付として働き始めます。

「現状維持」を目標に掲げていたはずの二人でしたが、社会の荒波に揉まれる中で、少しずつ、しかし確実にすれ違いが生じていきます。仕事に追われ、かつて愛した小説やゲームに触れる余裕を失っていく麦。一方で、生活が変化しても自分の好きなものや感性を大切にし続けたい絹。

同じベッドで眠り、同じ部屋で暮らしているのに、見ている景色が全く違うものになってしまった二人。2015年から2020年までの5年間。最も純粋で、最も眩しかった恋の始まりから、やがて訪れるほろ苦い結末までを描いた、美しくも切ないラブストーリーです。

見どころ

固有名詞の嵐!時代を彩る圧倒的なカルチャー描写

本作の最大の特徴であり見どころは、会話の中に散りばめられた実在のカルチャー(固有名詞)の数々です。きのこ帝国、Awesome City Club、ゼルダの伝説、ゴールデンカムイ、宝石の国、SMAP、阿佐ヶ谷スパイダースなど、2010年代後半の若者文化を象徴するワードが次々と登場します。これにより、観客は「これはフィクションではなく、自分たちが生きている現実世界と地続きの物語だ」と強く錯覚させられます。趣味の一致で惹かれ合う序盤の多幸感は、サブカルチャー好きなら誰もが憧れる理想の出会いそのものです。

「靴」が暗喩する二人の関係性の変化

土井監督と坂元脚本の巧妙な点は、言葉だけでなく「視覚的なメタファー」で二人の関係性の変化を描いている点です。出会った頃、二人はお揃いの白いキャンバススニーカー(ジャックパーセル)を履いていました。しかし、社会人になるにつれて麦は黒い革靴を、絹はパンプスを履くようになります。靴は「足元=生活の基盤」を象徴するアイテムです。足並みが揃っていた二人の歩幅が、社会というフィルターを通すことで少しずつズレていく様が、靴という小道具を通して残酷なまでに美しく描かれています。

菅田将暉と有村架純の「極限の日常芝居」

この映画が名作たり得たのは、主演二人の演技力の賜物です。劇的な事件や病気、記憶喪失といったドラマチックな展開は一切ありません。ファミレスで話す、家でゲームをする、ドライヤーで髪を乾かす、そして些細なことで口論になる。そんな「どこにでもある日常」を、これほどまでに釘付けにさせる演技力は圧巻の一言です。特に後半、関係が冷え切ってからの、同じ空間にいながらも目が合わない、あの独特の息苦しい空気感は、二人の繊細な表情の作り込みなしには成立しなかったでしょう。

感想

本作を観終わった後、深くため息をつき、しばらく席から立ち上がれなかった人は私だけではないはずです。この映画は、恋愛のキラキラした側面だけを描いたものではありません。「大人になることの痛み」と「無邪気なままではいられない現実」を、容赦なく、しかし限りない優しさを持って描き出した傑作です。

本作がこれほどまでに観客の心をえぐるのは、**「どちらも悪くない」**からです。浮気や裏切り、DVといった分かりやすい破局のトリガーは存在しません。ただ、「生きていくためのフェーズ」が変わってしまっただけなのです。

麦は決して絹への愛情を失ったわけではありません。むしろ「絹との生活(現状)を維持するため」に、必死に社会の歯車となって働くことを決意しました。しかし、仕事の重圧と責任の中で、かつてあんなに好きだった『ゴールデンカムイ』を読む気力を失い、パズドラで頭を空っぽにすることしかできなくなってしまいます。麦の「仕事なんだから仕方ないだろ」「責任があるんだよ」という言葉は、社会人になれば誰もが痛いほど理解できる正論です。

一方で、絹は「好きな人と一緒に、好きなものを楽しむ」という人生の豊かさを手放したくありませんでした。仕事はあくまで生活のためであり、自分の心を殺してまで働く麦の姿が、絹には耐えられなかったのです。「麦くんは変わってしまった」と嘆く絹の気持ちも、痛いほどよくわかります。

麦は「生存」のために働き、絹は「生活(人生の質)」を守ろうとした。二人のベクトルはどちらも「二人の幸せ」に向かっていたはずなのに、いつの間にか交わらなくなってしまった。このすれ違いのリアリティが、あまりにも残酷で美しいのです。

特に涙なしには見られないのが、終盤のファミレスのシーンです。別れ話をするために訪れた思い出のファミレスで、二人はかつての自分たちにそっくりな若いカップル(清原果耶・細田佳央太)の会話を聞いてしまいます。同じスニーカーを履き、好きなカルチャーの話で目を輝かせる若い二人。それを見て、麦と絹は声を上げて泣き崩れます。

あの涙は、単なる悲しみではありません。「自分たちにも、あんなに無敵で輝いていた時間があった」という事実と、「もうあの頃には絶対に戻れない」という決定的な喪失感に対する涙です。あの瞬間、彼らは自分たちの青春そのものに別れを告げたのだと思います。

タイトルの『花束みたいな恋をした』とは、まさに言い得て妙です。花束は、土から切り離された時点で枯れる運命にあります。しかし、だからこそその短い期間、圧倒的な美しさを放ちます。永遠には続かなかったけれど、彼らの5年間は間違いなく花束のように美しく、人生の宝物として残り続ける。ラストシーンの、背を向けたまま手を振る二人の姿には、そんな前向きな「青春への決別」が込められていると感じました。

こんな人におすすめ

  • かつて大恋愛をして、そして別れた経験がある人
    • 自分自身の過去の恋愛と重ね合わせてしまい、ハンカチなしでは見られません。あの時の後悔や美しかった思い出がフラッシュバックするはずです。
  • 社会人になって「変わってしまった」と悩んでいる人
    • 学生時代と社会人とのギャップ、仕事に追われて趣味を楽しめなくなる感覚など、麦の姿に深く共感し、自身の人生を見つめ直すきっかけになるでしょう。
  • 坂元裕二脚本の台詞回しや、カルチャー・サブカルが好きな人
    • 緻密に計算された会話劇や、「あるある!」と膝を打つようなマニアックな固有名詞の使い方は、カルチャー好きの知的好奇心を存分に満たしてくれます。
  • 日常を丁寧に切り取った、リアリティのある邦画が好きな人
    • 派手なアクションや劇的な展開はありませんが、登場人物の心の機微をじっくりと味わいたい方に最適な一本です。

まとめ

映画『花束みたいな恋をした』は、2010年代の東京を舞台にしながらも、いつの時代にも通じる「若者の出会いと別れ」、そして「大人になることの通過儀礼」を描いた普遍的なラブストーリーです。

人はなぜ恋をし、そしてなぜ別れるのか。永遠に続くものなどないからこそ、一緒に過ごした時間はかけがえのない意味を持つ。本作は、そんな当たり前だけれど忘れがちな真理を、極上の脚本と演技で私たちに突きつけてきます。

まだ観ていない方はもちろん、一度観た方も、自分の人生のステージが変わるたびに、麦と絹のどちらに感情移入するかが変わる、まさに「スルメ映画」です。ぜひ、休日の夜にゆっくりと、自分の過去の記憶と対話するようにご覧になってみてください。きっと、あなたの心の中にある「枯れない花束」の存在に気づかせてくれるはずです。

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