本日は、日本を代表するエンターテインメント小説の旗手、伊坂幸太郎先生の大傑作『マリアビートル』をご紹介します。2010年に刊行され、その後ブラッド・ピット主演で『ブレット・トレイン』としてハリウッド映画化されたことでも大きな話題を呼びました。映画を観て原作が気になっている方や、伊坂作品をこれから読んでみたいという方にも、自信を持っておすすめできる一冊です。
本作は、殺し屋たちの群像劇を描いた「殺し屋シリーズ」の第2作目にあたります(第1作は『グラスホッパー』、第3作は『AX アックス』)。しかし、前作を読んでいなくても全く問題なく、単体で十分に楽しめる独立したストーリーとなっています。
東京から盛岡へと向かう東北新幹線「はやて」という、逃げ場のない密室。そこに乗り合わせた一癖も二癖もある殺し屋たちが、ひとつのトランクを巡って予測不能な事態に巻き込まれていく……。想像しただけでワクワクしませんか?
今回は、このノンストップ・エンターテインメント小説『マリアビートル』のあらすじから、絶対に外せない見どころ、そして私が実際に読んでみて感じた熱い想いまで、たっぷりと語り尽くしたいと思います!
あらすじ
舞台は、東京駅を出発し、終点の盛岡駅へと時速200キロ以上で疾走する東北新幹線「はやて」。この密室とも言える空間に、奇妙な目的を持った人物たちが偶然(あるいは必然として)乗り合わせます。
物語は主に以下の複数の視点が交錯しながら進んでいきます。
- 木村(きむら): 元殺し屋で、現在は重度のアルコール依存症。愛する幼い息子をデパートの屋上から突き落とし、意識不明の重体に追いやった中学生「王子」への復讐を誓い、新幹線に乗り込みます。
- 蜜柑(みかん)と檸檬(れもん): 裏社会で恐れられる腕利きの二人組の殺し屋。彼らの任務は、裏社会の大物「峰岸」の息子を無事に救出し、身代金の入ったトランクと共に盛岡まで護衛すること。しかし、新幹線の中で息子は何者かに殺害され、トランクもこつ然と姿を消してしまいます。
- 七尾(ななお): 業界一「不運」な殺し屋。コードネームは「天道虫(マリアビートル)」。彼に与えられた任務は、「新幹線に乗り込み、特定のトランクを奪って次の上野駅で降りる」という極めて簡単なもの。しかし、持ち前の不運が災いし、次々とトラブルに見舞われてどうしても新幹線から降りることができません。
- 王子慧(おうじ さとし): 見た目は優等生の中学生ですが、その本性は他者の心を巧みに操り、人を傷つけることに快楽を覚える純粋な「悪」。大人たちを小馬鹿にし、ゲーム感覚で新幹線内の状況をかき回します。
奪われたトランクはどこへ消えたのか。誰が峰岸の息子を殺したのか。そして、この危険な列車から生きて降りることができるのは誰なのか。東京から盛岡までの約2時間半、彼らの運命は複雑に絡み合い、事態は誰も予測できない結末へと加速していきます。
見どころ
個性爆発!愛すべき?殺し屋たちの群像劇
本作の最大の魅力は、なんといっても登場するキャラクターたちの強烈な個性です。冷酷無比なはずの殺し屋たちが、どこか人間臭く、ユーモラスに描かれています。 特に人気なのが「蜜柑」と「檸檬」のコンビでしょう。文学を愛し、冷静沈着で理屈っぽい蜜柑と、「きかんしゃトーマス」をこよなく愛し、すべての物事をトーマスのキャラクターに例える直感型の檸檬。全く正反対の二人ですが、彼らのテンポの良い掛け合いは漫才のように面白く、読み進めるうちに愛着が湧いてしまうこと間違いなしです。 また、どこまでも不運な七尾の奮闘ぶりもたまりません。「なぜ自分ばかりこんな目に…」とぼやきながらも、持ち前の機転と生存能力でピンチを切り抜けていく姿は、思わず応援したくなります。
「きかんしゃトーマス」が物語の鍵を握る!?
見どころ①でも触れましたが、本作にはイギリスの子供向け番組「きかんしゃトーマス」のネタが頻繁に登場します。檸檬というキャラクターがトーマスのシールを持ち歩き、出会う人々を「お前はディーゼルだ」「こいつはパーシーだ」と分類していくのです。 最初は単なる奇抜なキャラクター付けかと思いきや、物語が進むにつれて、この「トーマス哲学」がキャラクターの本質を突いていたり、予想外の伏線として機能したりするから驚きです。伊坂作品ならではの、一見無駄に思えるディテールが物語の根幹に関わってくる構成の妙を存分に味わえます。
緻密な伏線と怒涛の回収劇
伊坂幸太郎作品の代名詞とも言える「伏線回収」の美しさは、本作でも健在、いや、過去最高レベルと言っても過言ではありません。 複数の視点で描かれる物語は、序盤はそれぞれバラバラに進行しているように見えます。しかし、誰かが落としたアイテム、ふとすれ違った人物、何気ない会話の一言……それらが新幹線という閉鎖空間の中でパズルのピースのように噛み合っていきます。終盤に向けた怒涛の伏線回収は鳥肌もので、「あの時のあれがここで繋がるのか!」というカタルシスは、読書という体験の醍醐味そのものです。
閉鎖空間でのノンストップ・アクションと軽妙な会話劇
「新幹線の車内」という限定されたシチュエーションが、物語に圧倒的な緊張感とスピード感をもたらしています。逃げ場のない空間で、いつ敵と遭遇するかわからないスリル。トイレやデッキ、座席といった限られたスペースを利用したアクションシーンは非常に映像的で、手に汗握ります。 そして、そんな命懸けの状況下でも繰り広げられる、伊坂作品特有の「洒脱で軽妙な会話」。シリアスとユーモアの絶妙なバランスが、この血生臭い殺し屋たちの物語を、極上のエンターテインメントへと昇華させています。
読んでみた感想
ここからは、私が実際に本作を読んで感じた率直な感想をお伝えします。
まず一言で言うと、「ページをめくる手が止まらない、極上の読書体験!」でした。 読み始めた瞬間から東北新幹線「はやて」に乗車させられ、盛岡に着くまで降りることを許されないような、ものすごい引力を持った作品です。
私が特に感情移入してしまったのは、やはり「天道虫」こと七尾です。彼の不運っぷりは本当に筋金入りで、簡単な仕事のはずが、タイミング悪く知人と出くわしたり、死体を発見してしまったりと、どんどん泥沼にハマっていきます。その様子は気の毒を超えてクスッと笑ってしまうほどなのですが、いざ戦闘になれば一流の身のこなしを見せるギャップがたまりません。「次こそは降りられるか!?」とハラハラしながら彼の動向を追ってしまいました。
そして、蜜柑と檸檬。彼らはプロの殺し屋であり、人を殺めることに躊躇がありません。それなのに、なぜか憎めないのです。仕事の合間に繰り広げられる、文学とトーマスに関する噛み合わない議論。しかし、互いを深く信頼し合っていることが端々から伝わってきて、中盤以降の彼らの運命には、胸を強く締め付けられました。彼らの存在が、この物語に深い味わいと哀愁を与えていることは間違いありません。
一方で、中学生の「王子慧」に対しては、本を読みながら本気で腹が立ち、恐怖を感じました。「なぜ人を殺してはいけないのか?」という問いを武器に大人たちを弄び、木村を精神的に追い詰めていく姿は、純粋な悪意の塊です。物理的な暴力よりも、言葉で人の心を操る王子の不気味さは、この物語の最大のスパイスであり、強烈なヴィランとして作品を引き締めていました。
終盤、盛岡駅が近づくにつれて物語は最高潮の盛り上がりを見せます。絶望的な状況からの逆転劇、そしてすべてが繋がる瞬間の爽快感。読み終えた後は、ジェットコースターから降りた直後のような、心地よい疲労感と興奮に包まれました。「もう一度最初から読み直して、あの伏線を確認したい!」と思わせる、本当に素晴らしいエンターテインメント作品です。
こんな人におすすめ
『マリアビートル』は、以下のような方に特におすすめしたい一冊です。
- スピード感あふれるエンタメ小説でスカッとしたい人 ページをめくる手が止まらなくなること請け合いです。休日の読書や、長距離移動のお供(まさに新幹線の中など!)に最適です。
- 緻密な群像劇や伏線回収が大好物な人 バラバラのピースが見事に一枚の絵になる快感を味わいたい方には、絶対に読んでほしい作品です。
- 魅力的なキャラクターたちの会話劇を楽しみたい人 伊坂幸太郎先生の真骨頂である、クスッと笑えて時にハッとさせられる洒脱なセリフ回しを堪能できます。
- 映画『ブレット・トレイン』を観て面白かった人 ハリウッド版の映画もド派手で面白かったですが、原作小説はよりキャラクターの心理描写が深く、緻密な伏線が張り巡らされています。映画との違いを比べるのも楽しいですよ。
まとめ
伊坂幸太郎先生の『マリアビートル』をご紹介してきましたが、いかがでしたでしょうか。
新幹線という密室を舞台に、不運な殺し屋、腕利きのコンビ、復讐に燃える父親、そして邪悪な中学生が織りなす、ノンストップの群像劇。ユーモアとサスペンス、そしてアクションが見事なバランスで配合された本作は、間違いなく日本のエンターテインメント小説の最高峰の一つです。
活字を読むのが少し苦手という方でも、映画を観るような感覚でスラスラと読めてしまうはずです。
まだ読んでいない方は、ぜひこの機会に「はやて」の切符を手に入れて、殺し屋たちとのスリリングな旅に出かけてみてください。きっと、最高の読書体験があなたを待っています!
何か他にもおすすめの小説や、この本を読んだ感想などがあれば、ぜひ教えてくださいね。
それでは、次回の記事でまたお会いしましょう!
